先日、用事があって二十年前に住んでいた街へ行ってきました。
本来の用事を済ませたあと、せっかくだからと思い、一駅分ほど歩いてみることにしました。
この街を歩くのは毎年ちょっとした楽しみでもあります。

今年は、最近YouTubeで公開されている80年代や90年代の東京の映像を見ていたこともあり、いつも以上に懐かしい気持ちで歩いてみたくなりました。
もちろん、あの時代に戻ることはできません。でも、あの頃を過ごした街なら、今でも電車に乗れば訪れることができます。そんなことを考えながら、懐かしい道をゆっくり歩いてきました。
この街には90年代の終わりから2000年代の終わりまで住んでいました。その間、一度だけ近所へ引っ越しましたが、活動範囲はほとんど変わらず、このあたりは毎日のように歩いていた場所です。
歩いてみると、変わったものもたくさんありました。
友人が住んでいたアパートは建物ごとなくなり、新しいビルになっていました。
よく通ったゲームセンターは飲食店になり、CDショップも姿を消していました。
それでも街全体の空気は、不思議なくらい当時のままでした。
「ああ、この道をまっすぐ行くとスタジオだったな」
そんなことを思い出しながら歩いていると、当時使っていたリハーサル・スタジオのうち二つが今も営業していました。
その頃は、シンセや打ち込み機材をたくさん持ち込んで、両方のスタジオでリハーサルをしていました。キャリーカートに機材を積んで、何度も通ったものです。
そのうちの一つでは、練習が終わったあとに店員さんから「すごい機材だね。レコーディングしてるの?」と声をかけられたことがあります。
「いえ、打ち込みのオケを鳴らすためのシーケンサーなんです」と答えたことを、今でもよく覚えています。
ほんの短いやり取りでしたが、二十年たった今でも忘れられません。あの店員さんは今どうされているのだろう。

当時の自分は、音楽とは別の仕事をしながら、夜は音楽ばかりやっていました。
友人のバンドを手伝い、自分でもソロ活動を続け、ライブをやり、アルバムを制作し、空いた時間はひたすら曲作り。打ち込みのテクノっぽいオケにギターや歌、ボコーダーを重ねた、ニューウェイブ色の強い音楽を作っていました。
今振り返ると、音作りや演奏が飛び抜けて上手かったわけではありません。
でも「かっこいい作品を作りたい」という気持ちだけは人一倍強かったように思います。
今でも、その根っこの部分はあまり変わっていません。
曲作りに行き詰まると、夜の街を歩いて気分転換をしながら、作詞をするためによく通っていたファミリーレストランへ向かったことも思い出します。その店も、二十年たった今も変わらず残っていました。
そのほかにも、当時よく通っていた場所の記憶が次々によみがえってきます。
お茶の水にあったレンタルCDショップ「JANIS」にもよく通いました。
ニューウェイブやクラブミュージック、ロックなど、気になるCDを片っ端から借りて、新しい音楽に出会うのが何より楽しみでした。
歩きながら、いろいろな記憶がよみがえります。
この道で友人と偶然会ったこと。
中古CDショップで買うか迷って結局買わなかった、あのハウスのCD。
近所のコンビニで高橋幸宏さんのライブチケットを買ったこと。
「あの美容師さんは元気にしているかな」
そんなことまで思い出してしまいます。
今回、住んでいたアパートまでは行きませんでした。少し遠回りになるし、暑さもあったので、街をざっと歩くだけにしました。それでも十分でした。
歩きながら思い出したのは、当時よく聴いていた音楽です。
Cabaret Voltaire 「Drinking Gasoline」
Depeche Mode 「Construction Time Again」
Nine Inch Nails 「With Teeth」
Fixmer / McCarthy 「Between the Devil」
John Foxx 「Metamatic」
Recoil 「Subhuman」
あの頃は、イヤホンでこうした音楽を聴きながら、この街を歩いていました。
ちょうどYMOがHASYMO名義で活動していた頃でもあり、核P-MODELの最初のライブを見に行ったのもあの時代でした。今振り返ると、あの頃聴いていた音楽が、今の自分の作品にも色濃く影響を与えているように思います。

この日、最後に立ち寄った喫茶店も、当時からあるお店です。
実はこの店、この街から引っ越す最後の日にも寄った場所でした。
店内でアイスコーヒーを飲みながら、「そういえば、あの日もこの店に来たな」と思い出しました。もしかしたら、この店で昔の知り合いに偶然会うこともあるかなと思いましたが、誰にも会うことはありませんでした。
当時の自分は、先のことはあまり考えていませんでした。
ライブをたくさんやっていた時期もあり、その後は制作中心へと少しずつ活動の形を変えていきました。今の自分は、その延長線上にいるのだと思います。
あの頃にはもう戻れませんが、不思議と寂しい気持ちばかりではありませんでした。
「あの時、この街に未練はない」と思って引っ越したはずなのに、今は「もしもう一度ここに住んで、あの頃の続きを始められたら、それも悪くないな」と思う自分もいます。
もちろん、今は簡単には戻れる状態ではありません。
あの時代をやり直すことはできませんが、あの街へは時々戻ることができます。
そして何より、音楽制作だけは今も続けています。
若い頃より少し落ち着いたかもしれませんが、「いい作品を作りたい」という気持ちだけは、今も変わらず持ち続けています。変わったとすれば、少しだけBPMがゆっくりになったくらいでしょうか。
一時はインストゥメンタルのテクノを中心に制作していた時期もありましたが、最近はあの頃の気持ちを思い出しながら、ボコーダーを使ったテクノやニューウェイブ色の強いアルバムを制作しています。
昔の街を歩いて思ったのは、「時間は戻らなくても、自分の中で続いているものは確かにある」ということでした。
それが確認できただけでも、この日の街歩きには意味があったんだと思います。
本来の用事を済ませたあと、せっかくだからと思い、一駅分ほど歩いてみることにしました。
この街を歩くのは毎年ちょっとした楽しみでもあります。

今年は、最近YouTubeで公開されている80年代や90年代の東京の映像を見ていたこともあり、いつも以上に懐かしい気持ちで歩いてみたくなりました。
もちろん、あの時代に戻ることはできません。でも、あの頃を過ごした街なら、今でも電車に乗れば訪れることができます。そんなことを考えながら、懐かしい道をゆっくり歩いてきました。
この街には90年代の終わりから2000年代の終わりまで住んでいました。その間、一度だけ近所へ引っ越しましたが、活動範囲はほとんど変わらず、このあたりは毎日のように歩いていた場所です。
歩いてみると、変わったものもたくさんありました。
友人が住んでいたアパートは建物ごとなくなり、新しいビルになっていました。
よく通ったゲームセンターは飲食店になり、CDショップも姿を消していました。
それでも街全体の空気は、不思議なくらい当時のままでした。
「ああ、この道をまっすぐ行くとスタジオだったな」
そんなことを思い出しながら歩いていると、当時使っていたリハーサル・スタジオのうち二つが今も営業していました。
その頃は、シンセや打ち込み機材をたくさん持ち込んで、両方のスタジオでリハーサルをしていました。キャリーカートに機材を積んで、何度も通ったものです。
そのうちの一つでは、練習が終わったあとに店員さんから「すごい機材だね。レコーディングしてるの?」と声をかけられたことがあります。
「いえ、打ち込みのオケを鳴らすためのシーケンサーなんです」と答えたことを、今でもよく覚えています。
ほんの短いやり取りでしたが、二十年たった今でも忘れられません。あの店員さんは今どうされているのだろう。

当時の自分は、音楽とは別の仕事をしながら、夜は音楽ばかりやっていました。
友人のバンドを手伝い、自分でもソロ活動を続け、ライブをやり、アルバムを制作し、空いた時間はひたすら曲作り。打ち込みのテクノっぽいオケにギターや歌、ボコーダーを重ねた、ニューウェイブ色の強い音楽を作っていました。
今振り返ると、音作りや演奏が飛び抜けて上手かったわけではありません。
でも「かっこいい作品を作りたい」という気持ちだけは人一倍強かったように思います。
今でも、その根っこの部分はあまり変わっていません。
曲作りに行き詰まると、夜の街を歩いて気分転換をしながら、作詞をするためによく通っていたファミリーレストランへ向かったことも思い出します。その店も、二十年たった今も変わらず残っていました。
そのほかにも、当時よく通っていた場所の記憶が次々によみがえってきます。
お茶の水にあったレンタルCDショップ「JANIS」にもよく通いました。
ニューウェイブやクラブミュージック、ロックなど、気になるCDを片っ端から借りて、新しい音楽に出会うのが何より楽しみでした。
歩きながら、いろいろな記憶がよみがえります。
この道で友人と偶然会ったこと。
中古CDショップで買うか迷って結局買わなかった、あのハウスのCD。
近所のコンビニで高橋幸宏さんのライブチケットを買ったこと。
「あの美容師さんは元気にしているかな」
そんなことまで思い出してしまいます。
今回、住んでいたアパートまでは行きませんでした。少し遠回りになるし、暑さもあったので、街をざっと歩くだけにしました。それでも十分でした。
歩きながら思い出したのは、当時よく聴いていた音楽です。
Cabaret Voltaire 「Drinking Gasoline」
Depeche Mode 「Construction Time Again」
Nine Inch Nails 「With Teeth」
Fixmer / McCarthy 「Between the Devil」
John Foxx 「Metamatic」
Recoil 「Subhuman」
あの頃は、イヤホンでこうした音楽を聴きながら、この街を歩いていました。
ちょうどYMOがHASYMO名義で活動していた頃でもあり、核P-MODELの最初のライブを見に行ったのもあの時代でした。今振り返ると、あの頃聴いていた音楽が、今の自分の作品にも色濃く影響を与えているように思います。

この日、最後に立ち寄った喫茶店も、当時からあるお店です。
実はこの店、この街から引っ越す最後の日にも寄った場所でした。
店内でアイスコーヒーを飲みながら、「そういえば、あの日もこの店に来たな」と思い出しました。もしかしたら、この店で昔の知り合いに偶然会うこともあるかなと思いましたが、誰にも会うことはありませんでした。
当時の自分は、先のことはあまり考えていませんでした。
ライブをたくさんやっていた時期もあり、その後は制作中心へと少しずつ活動の形を変えていきました。今の自分は、その延長線上にいるのだと思います。
あの頃にはもう戻れませんが、不思議と寂しい気持ちばかりではありませんでした。
「あの時、この街に未練はない」と思って引っ越したはずなのに、今は「もしもう一度ここに住んで、あの頃の続きを始められたら、それも悪くないな」と思う自分もいます。
もちろん、今は簡単には戻れる状態ではありません。
あの時代をやり直すことはできませんが、あの街へは時々戻ることができます。
そして何より、音楽制作だけは今も続けています。
若い頃より少し落ち着いたかもしれませんが、「いい作品を作りたい」という気持ちだけは、今も変わらず持ち続けています。変わったとすれば、少しだけBPMがゆっくりになったくらいでしょうか。
一時はインストゥメンタルのテクノを中心に制作していた時期もありましたが、最近はあの頃の気持ちを思い出しながら、ボコーダーを使ったテクノやニューウェイブ色の強いアルバムを制作しています。
昔の街を歩いて思ったのは、「時間は戻らなくても、自分の中で続いているものは確かにある」ということでした。
それが確認できただけでも、この日の街歩きには意味があったんだと思います。









